11月27日まで開催されている第15回ベネチア建築ビエンナーレ。総合ディレクターにチリ出身の建築家アレハンドロ・アラヴェナを迎え「REPORTING FROM THE FRONT」が共通テーマに掲げられた。前回はレム・コールハースによって、現在までの100年間における各国の近代性の変容を共通テーマとし建築の通時的なパースペクティブが提示されたのとは対称的に、今回は現在の建築が置かれている状況(建築に期待されているイシュー)を共時的に示すものだと言えそうだ。この「Front」は、最先端のデザインというよりは、建築(家)が赴くべきコンテクストであり、そしてそこで繰り広げられる建築(家)の実践とはいかなるものかを問うことだろう。

本レポートでは、主にオススメの国別展示を紹介しつつ、このコンテクストと建築の実践の在り処を探っていきたい。


1:壊れた世界の継承と更新

スペイン「UNFINISHED」
今回金獅子賞を受賞したスペイン館は、建築はメディアで紹介されるような美しいイメージとして完結するものではなく、常に変化し、状況に適合していくもの、その不完全なプロセスにこそ建築の価値があるというコンセプトを提示する。 具体的には、リーマンショックの影響によって開発の途中で放棄されたインフラやビル、そしてそこで暮らす若者の姿などの写真、「Consolidate」「Reapropiation」「Adaptable」といった9つのキーワードとともに分類されたスペイン国内の55の建築プロジェクト、加えて各地の建築関係者へのインタビュー映像で展示は構成されている。近代性が綻ぶその状況の中から、新しい空間の豊かさを示す。ただし「UNFINISHED」というコンセプト自体は、そもそもアラヴェナが提唱している「Incremental Design(逐次的なデザイン)」という考え方とも極めて近く、60,70年代のアヴァンギャルドたちの提案にも作り続けられる建築のイメージは提示されていた。またいわゆる民家なども遥か昔からずっとつくり続けられてきた建築であるということは一般的な考えで、全く斬新な考え方を提示したというわけではない。ただし、スタッドによって構成された仮設的な展示空間の美しさ、乗り越えるべき状況の明確な提示と、その先にある建築的な実践がバランス良く紹介され、空間に配置されていた点において評価されたのではないだろうか。

スペイン館展示風景

日本「EN : ART OF NEXUS」
日本館は、「縁」という概念を中心に据え、人々の繋がりに価値を置いた新しい暮らしの豊かさを、建築がどのように生み出しうるかを1/1含む複数のスケールの模型や映像を組み合わせ紹介。内容についての詳細は、websiteに情報がアップされていたり、建築学会のWEB討論でも詳しい内容が掲載されているのでそちらを参照してもらえればと思う。多くの国がそれぞれの状況説明的なリサーチを重視し、それをどのように乗り越えるのかという実践面でのプレゼンテーションが希薄だった中で、逆にコンテクストの説明をなるべく避け、建築的なプレゼンテーションに注力した点が、特別表彰(Special Mention)に繋がったのではないだろうか。

日本館展示風景

ロシア「V.D.N.H. URBAN PHENOMENON」
日本館の右隣に位置するロシア館。ソ連時代に建設された「V.D.N.H.(全ロシア博覧センター)」は、農業、科学、文化などあらゆる産業に関するパヴィリオンが建ち並び、重要なプロパガンダの役割を担ってきた場所だ。このソ連時代を象徴する遺産をいかに継承し、そこに異なる価値観をいかに見出し、現在の暮らしの中に位置づけていくことができるのか。建設当初の意図を超え、市民の憩いの場へと変容している様が興味深い。また、ソ連時代の貴重な設計資料が閲覧できるアーカイブ・ルームも是非見ておきたい。

ロシア館のアーカイブルーム

イギリス「HOME ECONOMICS」
デンマーク「ART OF MANY AND THE RIGHT TO SPACE」
世界都市ランキングで必ず上位に位置するロンドンとコペンハーゲンの都心部は家賃が高騰し、いわゆる庶民にとって暮らしづらい場所に変わってしまったという話も耳にする。都市は一部の富裕層の投資対象ではなく、そこで生きる多くの人々のためにあるべきだ。「家」の役割を再考したイギリス館と、少数ではなく「MANY」のための建築を紹介するデンマーク館の背後には、グローバルな都市間競争の勝者の足元で進むジェントリフィケーションという現実がちらつく。イギリス館の「HOME ECONOMICS」は、5つの時間軸(Hours / Days/ Months / Years / Decades)に沿って、5組のアーティスト・建築家が、現代の生活パターンとリズムに対応した新しい住空間を、インスタレーションによって提示する。一方のデンマーク館は、集合住宅の模型を大量にパビリオン内に詰め込む。そこには、近代が目指した規格化や標準化による大量生産ではなく、様々な価値観を反映した多くの空間的な提案の重要性が提示されている。

デンマーク館の内部。大量の集合住宅の模型

2:共存と統合のための実験

ドイツ「MAKING HEIMAT. GERMANY, ARRIVAL COUNTRY.」
100万人規模で難民が流入しているドイツ。カナダ人ジャーナリストDoug Saundersの著書『Arrival City』をベースに、難民や移民が最後に辿り着く空間はどのような特性を持っているかをリサーチし紹介している。公共交通が利用可能か、既存のエスニックコミュニティが存在するか、小規模の商業施設が利用可能か、インフォーマルな実践を受け入れる余地があるかなどの特徴が挙げられるという。また難民向けのソーシャルハウジングについてのリサーチも進められており、その一部ががパネルで紹介されている。http://makingheimat.de/en/#exhibition

ドイツ館展示風景

オーストリア「PLACE FOR PEOPLE」
ウィーンをベースに活動するThink and do TankのLiquid Frontiersが手がけるオーストリア館。建築の役割はより良い社会的な共存の基礎を築くことであるとし、ヨーロッパに流入する難民の受け入れのため、ウィーン市内の3つの空きビルを、3組の建築家がそれぞれを一時的な宿泊施設として改造するプロジェクトを紹介。デザイン・リサーチチームEOOSは、応急的な避難所から生活の場へと変えていくため「Social Furniture」という簡易な家具の製作方法をつくり、賃労働が禁止されている難民たちに金銭によらないオルタナティブな交換の仕組みを提示する。

オランダ「BLUE:ARCHITECTURE OF UN PEACEKEEPING MISSIONS」
館全体を覆う青いファブリックが印象的なオランダ館。国連の平和維持活動によって運営されている難民キャンプについてのリサーチと、難民キャンプを地域から隔離された施設としてではなく、地域発展の触媒として位置付けるための提案が展示されている。キュレーションを担当しているMalkit Shoshanが主宰するFAST(The Foundation for Achiving Seamless Territory- )はアムステルダムを拠点に、紛争地域の調査などを実施している建築系シンクタンク。難民キャンプだけでなく、パレスチナの紛争地域などでも活動している。

テーマカラーのブルーに包まれる展示空間

ペルー「OUR AMAZON FRONTLINE」
日本と同様に特別表彰(Special Mention)されたペルー。ペルーの展示はアルセナーレ内で見ることができる。ジャングルの写真を大きく引き伸ばしたスクリーンによるアプローチ空間の先に、ペールーのアマゾン流域に小学校を建設するためのプロジェクトが紹介されている。小学校はモジュール形式で地域の規模に合わせた展開が可能な木造建築が提案されている。特別、建築的な提案として目をみはるものではなかったので、正直受賞には驚いたのだが、未だ近代化されていない未開地域で、その多様な文化形態を尊重しつつ、同時に教育するということの難しさは、外国からの難民、移民の場合とはまた異なった統合のアプローチが求められ、世界の深さを感じとることができる。

ペルーの展示風景。手前に見える模型が小学校の建物

3:素材と技術 — つくることの倫理

ベルギー「BRAVOURE」
ベルギーは近年office KGDVS、51N4Eら国際的に活躍する若手建築家を輩出している。今回キュレーションを務めているArchitecten de vylder vinck taillieuも注目すべき建築家の一人だ。テーマは「ブラボー」。不況や熟練した職人の減少など、ものづくりの現場では高価な素材や特別な技術を用いることがますます難しい状況が生まれている。その中で、クラフトマンシップが持つ意味、そして素晴らしさとは何かを再考しようと試みる。会場には決して高価なつくりではないが丁寧にディテールが考えぬかれた建物の一部が再現され、Filip Dujardinよる写真作品と一緒に展示されている。部分のトリミング、会場内のレイアウトもとてもよく考えられている。

ベルギー館に展示されているモックアップの一つ

ポルトガル「RESISTANCE」
ベネチア本島からジョデッカ島に渡った先にあるUniversità Internazionale dell’Arteの敷地内にポルトガルの展示がおこなわれている。ここではAlvaro Siza、ELEMENTAL、Bijoy Jain、Amanda Levete、Mia Häggが参加するポルトガル産の大理石をテーマにしたデザインプロジェクトが展示されている。屋外には、シザがデザインした大理石の寝椅子が置かれており、海を眺めながら一息ついてみてはいかがだろうか。隣接する敷地には80年代にAlvaro SizaとAldo Rossiが設計した集合住宅があり、足を運んでみる価値はある。

ポルトガル館の前庭に置かれているSizaデザインの椅子

バーレーン「PLACE OF PRODUCTION ALUMINUM」
世界第4位のアルミの精錬所を持つバーレーン。アルミの存在は地域の経済と深く結びついているだけでなく、建築の外装材としてアルミのコーティングが施されている。地元では小さな工場も生まれており、写真や映像でグローバルな生産に組み込まれ標準化されたマテリアルと異なった可能性を提示している。オランダとバーレーンを拠点に活躍する建築家Anne Holtropがデザインした砂を鋳型に用いた独特のアルミの質感を楽しめるパヴィリオンも注目だ。

砂の鋳型でつくられたバーレーンのアルミの展示空間

ポーランド「FAIR BUILDING」
ポーランドはまさに建物が生まれる建設現場を最前線と位置づけ、その実態に迫る。技術的な進歩があるとはいえ、建設現場はまだまだ肉体労働による部分が多い。人々は熱心にフェアトレードについて語るが、では建設現場において「フェア」は可能かと問う。展示は一軒の集合住宅が建設されるまでに関わる労働者数とそのうちのどれくらいの人が「フェア」ではない状態で働いているかを示すグラフ、実際の現場の作業員に取り付けられたカメラが捉えた建設現場の映像が、単菅で構成された会場内で上映される。シンプルで判りやすいメッセージと、ものすごく適当な感じの現場の映像のおかしさが良いバランスの展示だと思う。

ポーランド館に展示されている建設現場の動画

カナダ「EXTRACTION」
ある意味で最もラディカルだったのがカナダだ。カナダは世界3位の面積を有する資源大国でありながら、世界各地で資源開発を進めている。途上国などでは乱開発が地域に与える環境面、健康面での影響が批判の的になっており、カナダ館はこうした資源開発によって世界中に影響力を持つ状況を取り上げている。(正確な理由は定かではないが)結果的にカナダ館が使用禁止になり、屋外でのゲリラ的な展示/パフォーマンスが展開されている。イギリス館、フランス館、カナダ館の軸線が交わる点に小さな穴を掘り、膝をついて覗くとカナダの資源開発についての映像を見ることができる。また、カナダ館の前にはカナダ企業が開発したイタリア内の鉱山で採掘された廃石がぎっしりと詰められた土嚢袋が積まれ、建物内に入れないようにしっかりとガードされている。

カナダ館の展示。地面の穴を覗きこんでみる

4:想像力の批評的展開

アメリカ「THE ARCHITECTURAL IMAGINATION」
2013年に財政破綻を起こしたデトロイト。かつて自動車産業で栄えた20世紀型工業都市を、世界に先駆けてポスト工業都市として復活するための新たな問いを生み出す、12組の建築家たちによる「スペキュラティブ」なデザインプロジェクトを提示する。キュレーターは建築の思想や批評の場をリードしてきたシンシア・デヴィッドソン(彼女は「Log」という建築思想系の雑誌を発行しており、その特別号の装いを持ったカタログ「cataLog」が出版されている)。最新テクノロジーを用いた、複雑な幾何形態による大規模な再開発の提案は、実現よりもそこから問い導き出すことを目指しているとしても、その大ぶりな提案から、果たしていかなる問いが生まれるのか。むしろ、資本主義による都市の復活を力強く印象づけるための「投機的な」野心が見え隠れしているように感じられてならない。

12組の模型やドローイングが展示されているアメリカ館

スイス「INCIDENTAL SPACE」
クリスチャン・ケレツが手がけるスイス館。Incidental(=付随的な)と名付けられた量塊の裂け目に偶然できたような空間が、最新のデジタル技術を用いて生み出され、その内部を体験するインスタレーション型の展示に成っている。これまでにない空間体験の創造を「FRONT」として位置付け、「建築は建築そのものを媒介として表現されるべきだ」というケレツの気概を感じる展示ではなかろうか。

内部を体験できるクリスチャン・ケレツによる展示

以上、今回のビエンナーレの国別パビリオンの内容からその傾向を示した。ビエンナーレではこれ以外にアラヴェナ自身が企画した巨大な展覧会がジャルディーニと、アルセナーレ会場で開催されている。こちらにはパラグアイのGabinete de Arquitectura(今回、金獅子賞を受賞)を始め、スイスのPeter Zumthor、中国のWang Shu、インドのStudio Mumbai、スペインのEmsamble Studio、イギリスのAssemble、ベトナムのVo Trong Nghiaなどの展示を見ることができる。日本からはSANAA、隈研吾、アトリエワンらが参加している。

終わりに

今回のメインヴィジュアルには、一人の女性が脚立に上り、荒野を見渡している写真が使われている。彼女は人類学者で、ナスカの地上絵を観察している。地上からはただの石ころだったものが、脚立の上からみると、そこに一本の線を見出すことができる。このレポートは、いくつもある脚立の一つから見えた、おぼろげなラインを描写しただけに過ぎない。できることなら皆さんも現地に足を運んでいただき、異なった脚立から見出されたラインを報告し合うことができればと願う。

おまけ・・・関連イベント・展示情報

「World of Fragile」
その他の見所としては、こちらもアルセナーレ内で実施されている「the V&A presents a world of fragile parts at the venice architecture biennale 」。これはロンドンのV&Aが企画している複製をテーマにした展示。過去から現在までの複製技術の紹介し、複製=偽物という考えの再考を促す。

展示デザインも秀逸

「Time Space Existence」
リアルト橋近くのPALAZZO BEMBOほか、3箇所で開催されている「Time Space Existence 」には、日本建築設計学会による住宅展や、ETH Zurich / Future Cities Laboratory Singaporeによる未来のマテリアルに関するリサーチの展示などが面白かった。Peter Eisenmanのドローイングと模型だけでも見に行く価値はありそう。

日本設計学会の展示風景
ピーター・アイゼンマンのドローイング展示

「The off-site Zaha Hadid retrospective」
最後に、ビエンナーレの期間に合わせアカデミア橋に隣接するFondazione Berengoにて開催中のザハ・ハディドの回顧展「The off-site Zaha Hadid retrospective」を紹介する。初期の大判のドローイングから最近の3次元成形された模型まで、以前東京で開催された展覧会よりも会場は狭いが、かなりの密度があり、展示点数は圧倒的に多く見応え十分だ。

所狭しと模型とドローイングか展示されている

【実施概要】

第15回 ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展
開催場所
:ジャルディーニ地区(Giardini di Castello)、アルセナーレ地区(Arsenale)など
開催時期:2016年5月28日(土曜日)から11月27日(日曜日)
公式websitehttp://www.labiennale.org


Posted by Shinichi Kawakatsu