評:平塚桂(建築ライター、編集者)

設計プロセスや空間についての解説は他の記事に委ね、ここでは施主夫妻の人となりや家づくりの背景を知る友人という立場から「法然院の家」のことを考えたい。

 この家には、施主一家の、今ふうの言葉でいえば“リベラル”さが随所にあらわれているように思う。夫妻は2人とも建築関係の仕事をしている。中学生になる長男を筆頭に3人の子供がいる。多忙な仕事をこなしながら、10年以上にわたって常に保育園児をかかえる状況にある。ご実家がとりわけ近いわけでもなく、基本的には家庭のことを、家庭で完結させている。しかし昔から家に招いてもらうたびに感心するのは、家の中が片付いていることである。状況から察するに、夫妻ともども活躍しまくりの、高密度な協力体制をしいて家庭を運営していると思われる。家事育児の分業は時には大胆で、ある夏休みは夫+2人の息子だけが、妻の両親と妹さん一家が暮らすイタリアで過ごし、妻と末娘が日本に残るという不思議な過ごし方をしていたし、建築関係者の集まる飲み会には夫妻が交代であらわれることもある。家庭を最適化するトリッキーな対応策には、いつも感心させられる。そこには世の中のかくあるべしという規範には依らない独自ルールがきっとたくさんあるのだろう。

 そのような、何事に対しても踏みとどまって考え、何らかの合理性を追求した答えを導くという彼ららしさが強く滲み出ているのが、プランである。まず、玄関をあがるといきなり寝室が登場する。そこには家族全員が眠るための3台のベッドが並んでいる。取り囲む壁はなく、赤いカーテンで仕切られているのだが、付けた理由を妻の井口夏実さんは「来た人がびっくりしちゃうから」と言っていたように記憶する。

 2階は居間。いわゆる一室空間である。西にキッチン、南北に心地よい窓辺が、東に2人の子供が使うセミクローズの勉強部屋がある。惑星のようにそれぞれの場所が引力を持ち、相互に関わりつつも独立している。居間というのは曲者で、うっかりすると機能ではなく役割で満たされてしまう。たとえば子供と会話しながら調理ができるカウンターキッチンとか、ホームパーティーができる大きなテーブルとか。コミュニケーションへの圧をかけ、家族プレイを強制するキラキラした装置は、なんらかの事情で想定された役割をこなせなくなればあっけなく廃墟になるだろう。しかし「法然院の家」の居間には役割はなく、機能が適宜おさまっている。窓辺には、場所によっては人ひとりが寝られるほどの深さを設けたり、ベンチをまわしたりして、大人も子供もいかようにも過ごせるようになっている。冷蔵庫の横に洗濯機が鎮座し、シンクの上には皿を収納しながら水切りができるやたらと存在感のある棚がある。中央には、明確な用途を持たないテラゾー仕上げの巨大な台が鎮座する。重心があちこちに散らばった居間は、家族や客を役割からすっと開放してくれる。

 築100年の建物のリノベーションだが、表情は独特だ。特に印象に残るのは、既存に対し新しい材料で少しずつ継ぎ接ぎがなされた柱や壁。柱を継ぎ、壁に塗りを重ねることで最小限の手を加え、傷んだ柱や壁の強度や機能を最適化しているのだという。

 特に壁には左官職人としての経験を持つ設計者の、材料や構法に対する造詣の深さがいかんなく発揮されていて、傷んだ縁だけを補修する、荒壁の下地まででとどめる、床の近くは強度を出すため中塗りまで行う、というように、部分ごとに細かく仕上げが変えられている。このあたりのさじ加減は完全に設計者に拠るものだと聞いているが、常識に縛られずに考え抜いて独特の、しかし常に筋が通った答えを導くという、家庭のあり方にも通じる雰囲気がある。

 工事中は、設計者と夫妻の間で週末ごとに粘り強く打ち合わせがなされ、建物に対する微調整が重ねられたという。おそらく夫妻が求めていたものが、真っ当な設計者に頼めばなんとなく獲得できてしまう通り一遍の心地よさや幸福感ではなかったのだろう。細やかな検討は、この家庭にとってのしかるべき器を追求するためには必要なプロセスだったのではないか。結果として「法然院の家」は、家族が増えたり減ったりしても別の人が暮らしても、いい家であり続けることが確信できる、骨太な普遍性を備えているように思う。

・『法然院の住宅』はこちらをご覧ください

【Profile】
平塚桂
建築ライター、編集者。京都大学大学院修了。『Casa BRUTUS』『AXIS』等さまざまな媒体で取材および執筆を行う。編著作に『空き家の手帖』(学芸出版社)など。たかぎみ江と共にぽむ企画主宰 http://pomu.tv/

Edited by Shinichi KAWAKATSU