建築というものは何はともあれまず、それがどこに建っていて、どのように現れるかが重要である。平田晃久による太田市美術館・図書館に初めて訪れたとき、その鮮やかな現れ方に虚を衝かれた。

自動車で東京方面から北上し、東武伊勢崎線の高架下をくぐって右折、ひとつめの大田駅入口という交差点で右手を見たときに、それは何か野生的な荒々しさをもって現れた。ちょうど、飛行機でバルセロナから北上し、空港からバスで退屈な山間を抜け、川を渡ってすぐに降車、右に曲がって少し歩くと、右手の通りの先に唐突に現れた、グッゲンハイム美術館ビルバオを思い起こさせるものだった。もちろん、建物そのもののスケールや、ビスタのプロポーションなど比べようもないのではあるが、都市に対する祝祭性を感じさせるような現れ方に、気分が高揚した。

周辺の町並みと太田市美術館・図書館

これが、駅からのアクセスであれば、随分違った印象になっていたはずである。先に述べた北西のスロープや階段が絡みついている面と比べると、駅のある南東側は高さが抑えられ、テラスが連なる落ち着いた建物に見える。周りを一周まわってみても、「リム」と呼ばれる鉄骨造のスラブは、傾斜や幅、間隔、内外境界などが、ほとんど乱暴ともいえるくらいに一様でなく、奥に見える「ボックス」と呼ばれるRC造の躯体も、柱型が露出していたり、していなかったり、天端がえぐられていたりと、建物の印象がまったく定まらない。そもそも、記憶にある模型写真のイメージと違いすぎる。それは、端正な箱状のヴォリュームが、緩やかにカーブする地形のような薄いスラブの上に点在しているものであった。

駅と反対側の外観

このようなイメージの変化は、筆者の記憶違いというわけではなく、コンペから実施設計の間に行われた、市民ワークショップに起因している。太田市美術館・図書館では、基本設計の段階で5回のワークショップが開かれ、プログラムの階ごとの配置割合、「ボックス」の個数、「リム」の巻き付き方といった具体的な内容が検討された。それは、一般的なワークショップの範疇にとどまらず、例えば「ボックス」の個数が3から6個と、4パターンのプランを平田事務所が用意し、住民との議論を通じて何個にすべきなのかということを、その場で決定する。その次の回では、決定した個数(5個)の「ボックス」に対して「リム」の巻き付き方がまた4パターン用意され、議論を通じてどれにすべきかが決定される、といった具合だ。

ここで重要なのは、通常なら設計者の側で判断するような、形態についての決定の機会を住民にも開くことで、建築家の思考を住民がトレースする機会をつくったことにある。設計者が決定した形態に対して意見や要望を募るのではなく、オプションを提示しながら、決定に影響を与える検討事項を整理し、美術や図書館、あるいは設備や構造の専門家の意見も俎上に載せ、トレードオフの理解や、複合的な判断基準そのものを共有する。意見は反映されるために出されるというよりは、むしろその地域で暮らす、様々な年齢や性別、背景をもつ人々が、建築家の思考をいわば簡易的にインストールした上での、シミュレートの結果として出される。つまり、単純な足し算的な要望の反映や、最大公約数的な調停の方法ではなく、もちろん多数決的な合意形成でもない、建築的な思考そのものを開こうとするものである。当然ながら、それらはひとりの建築家の思考を超えた荒々しさを備えており、当初の端正な計画案を野性的にドライブさせた。

市民ワークショップ時の様子

結果的に、「ボックス」は穴が空き、削り取られ、「リム」は枝分かれし、捻じ曲げられることによって、当初の図式的なルールが解体されている。このような変容は、それぞれの場所同士の移動にまつわるシークエンスや視線のやりとり、あるいは建物の外との関係性をつくるために要請されたわけであるから、個々のコンテンツやスペックの問題ではない、要素の配列や動線、建ち方が問題になったという点で、やはり建築的な思考によるものである。一方で、そのような複雑な形態をシンプルなラーメンとデッキプレートという構造システムで整理しながら、丁寧に設計された接合部や、規格やコスト面で割り切ったサッシュワークでありながら、スラブ勝ちで曲線は維持するなど、野性的な変容をきちんと設計の腕力でコントロールしてあるところは、十分に強調しておくべきだろう。

実際の空間体験としても、それぞれの場所を俯瞰的に、全体性のなかで把握するというよりは、階数も方位もやや曖昧なままに、特徴的な場所同士の連なりとして自然に理解される。筆者が2度目に訪れたときには、既に身体化した空間の記憶があり、使い慣れた家のようでさえあって、驚かされた。気候の良い時期だったということもあって「ボックス」配置にあたってシミュレートされたという風の流れも心地よく、内と外、動線と滞在空間、図書館と美術館というそれぞれ異なる要素が「からまって」いることを確かに実感できた。建物中央の複雑な吹き抜け空間は、このように連なる空間に対して一定の構造を与えているのと同時に、浮遊する螺旋階段や重ならない「リム」など、構造が解体されていることを可視化しているような、不思議な魅力のある空間となっていた。

建物中央の吹き抜け

青木淳はかつてグッゲンハイム美術館ビルバオを「こんなにかたちをいじっているのに、そこにつくり手からの押し付けがましさ、つくり手の意図が感じられない。なるべくしてなった空間、という感じ。つくり手の観念や意図が消えている。そうでなければ、訪れる人が自由を感じることはない。」(「決定ルール、あるいはそのオーバードライブ」『新建築』新建築社、1999年7月号)と評した。冒頭で述べた、野性的な荒々しさ、都市に対する祝祭性を感じさせるという「ビルバオ」と「太田」の共通点は、そのようなつくり手の押し付けがましさ、意図の消失に起因しているのかもしれない。ゲーリーはそれをライムストーンの台座に立体的なチタンの鱗を徹底的に増殖させることで、平田はコンクリートを穿ちデッキプレートを過剰に巻きつけることで達成している。平田は以前から「人間のためではない建築を設計することは可能か」「巨木のような建築をつくることはできないだろうか」(平田晃久『建築とは<からまりしろ>をつくることである』LIXIL出版、2011年)というように、つくり手としての人間の意図を離れることをコンセプトに掲げてきた。だが、「幾何学そのものが目的ではない」としながらも、生物物理学をアナロジーとした有機的な幾何学による建築表現は、そのコンセプトそのもの(つくり手)の意図が前面に表れすぎているという矛盾を抱えていた。「太田」では、そのオーバードライブのために、形態的な決定権を開くというラディカルな方法によって、決定ルールをなかば瓦解させながらも、むしろそれをより実質的な水準に引き上げることに、成功しているように見える。

「ビルバオ」も「太田」も、重工業・製造業を中心として栄えた工業都市で、その衰退が問題視されるなかで生まれた建築である。「ビルバオ」を契機として言及されるようになった「アイコン建築」としても、「太田」はプロペラ、古墳、山城跡、花といった(これらは平田自身が言及したもの)いくつものメタファーを併せ持っており、チャールズ・ジェンクスが良い「アイコン」だとする、「謎めいたシニフィアン」的性質を備えている。ただ、「ビルバオ」の意図が消失した空間の「自由さ」と、「太田」の「心地良さ」は、何か根本的なところが違っているようにも思う。細長く変化に富んだ展示室に呼応するように、躍動的に展開していくリチャード・セラの彫刻を体験するときに感じる「自由さ」と、美術も図書もからまりあって連鎖していく空間で、思い思いに好きな場所で過ごせる「心地よさ」は、単純なスケールやプログラムの差異だけではなく、主体性の発露のされ方が、異なっているのではないか。前者は人間からの関わりを根本的に必要としていないが、後者は人間が発見し関わることで初めて成立する。平田の言葉でいうところの「巨樹」は、それ自身人間の意図とは無関係に存在しているが、そこを空間として発見する人間の働きかけがあって、はじめて建築となる。

太田に植えられた「巨樹」は、これまでその地域に存在していなかったという意味で、突然変異か外来種なのだろう。しかしそれは、産業構造や人口推移といった観点から持続性が危ぶまれる地域において、その欠損を埋めるために設計されたものだ。つまり、人々の生活や営みの連関である「都市の生態系」に影響を与えながら、新たなバランスを構築していくことが求められている。とすれば、この建築の本質的な評価は、設計プロセスや空間体験のみならず、今後この地にどのような多様性と持続可能性が築かれるかという、時間軸を伴った展開に拠ってしか定まり得ないだろう。また、「太田」そのものは地域固有の種と生育の結果であるが、その生態学的なアプローチは、同様に「都市の生態系」に関する問題を抱える場所でも、有効に機能するであろう普遍性を示している。そうした手法としての繁殖力の旺盛さとでもいうべきものが、建物の瑞々しい表れとなっており、同時に一脈の脅威すら感じさせるのかもしれない。

【著者プロフィール】
橋本健史(はしもと たけし)

1984年兵庫県生まれ。2005年国立明石工業高等専門学校建築学科卒業。2008年横浜国立大学卒業、2010年横浜国立大学大学院Y-GSA修了。2011403architecture [dajiba]設立。2014年より名城大学非常勤講師、2015年筑波大学非常勤講師。2017年橋本健史建築設計事務所設立。建築作品に《海老塚の段差》《富塚の天井》《代々木の見込》ほか。著作として『建築で思考し、都市でつくる』(LIXIL出版、2017年)。受賞歴として第30回吉岡賞、第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館にて審査員特別表彰。
http://www.403architecture.com/

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※写真提供:平田晃久建築設計事務所

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Edited by Shinichi KAWAKATSU