福島加津也+冨永祥子が設計した《時間の倉庫》に足を運んだのは、改修されてから約1年が経とうとした頃だった。専門誌に掲載された記事を見て興味を持ったこと、自分の完成間近のプロジェクトについて考える上で見ておきたいと思ったためである。寒風吹きすさぶ駅からの道のりを足早に、現地にたどり着いた時の第一印象は、煉瓦造の建物が「ありのまま」建っているというものだった。外観はそのまま、内部は何が加えられ何が引かれたのか分かりそうで分からない。

予備知識なく訪れた人には、エレベーターや設備以外は昔からある煉瓦造の建物のままだと感じられるかもしれない。だが、これこそが福島+冨永が目指していたことであり、そのために行われた手立ては一筋縄ではいかないものである。

 

《時間の倉庫》では、既存建物の耐力の劣る部分のみ補強を入れるような、従来の方法とは全く異なる耐震補強が行われている。建物の内部に新たに基礎を打ち、そこから鉄骨柱を立ち上げ2階床上には鉄骨梁、屋根裏には鉄板パネルをかけて一体化したフレームを挿入することで、地震時の耐力補強を行っている*1。つまり既存構造と新規構造が一体化し、お互いの力の均衡関係によって補強されているのだ。このような方法を取っているからこそ、補強部分が最小限しか露わにならず、既存の建物をプリミティブな状態で保つことができている。

2階の多目的ホール(写真:小川重雄)
1階の交流・展示スペース(写真:小川重雄)

 

福島+冨永のこれまでのプロジェクト*2を見返してみると、力の均衡関係を用いて建築がつくられてきたことが分かる。「中国木材名古屋事業所」では、小断面の木材に穴を開けケーブルを通し束ねた上で、引張と圧縮の力をかけることで無柱の大空間をつくりだしている。またHPの作品欄のトップには「建築のはじまり」と題した、京都で2012年に行われた個展の作品がアップされている。これは横一列に並べた紙コップの、上部は爪楊枝とピンで留め底面にはテープを一列で貼り、左右のコップのみ台に乗せたとき、コップの列は空中で一列の水平面を保つという実験だ。コップの上部は圧縮、下部は引張の力がかかり均衡を保っている。力の均衡関係によって建築を組み立てるという意味で、《時間の倉庫》は彼らの建築の延長線にあり、さらなる深化を感じさせるプロジェクトである。

 

 

ところで、建築やものづくりにおいて建築家やデザイナーが描いた形が先行するあまり、物質を強引に押し込めるようなつくり方が成されることはよくあるだろう。そのことを、人類学者ティム・インゴルドはアドルフ・ロースの言葉を用いて指摘している。

「くだらない図形にすぎないものを、レンガ積み職人や石工が文句もいわずに削って修正してくれているのだ」*3

そしてレンガがつくられる場面を例にとって、形と物質のありうべき関係を述べている。

「粘土と型が遭遇する瞬間、レンガ職人が粘土の塊を型枠に押しこむとき、粘土に対するレンガ職人の身体動作によって生じた大きな力が、型枠の堅い木材による圧縮的な抵抗に遭い、ピークに達する。すなわち、横長の四角形の輪郭をもつレンガは、物質に対する型の「押しつけ」によって成るのではなく、粘土と型に内在する、反発して均衡する力の「対立」によって成るのだ。」*4

このように素材と素材の間に力の均衡関係が起こることによって、物質が形作られるというモノの成り立ちは、福島らの建築が持つ「ありのまま」さにつながっていると考えられる。

 

欠損したレンガ部分の修復痕(写真:小川重雄)

 

構造補強以外にも興味深い点がある。それは、このプロジェクトが竣工時の状態に戻すことを目指していないことである。例えば、内部の壁はレンガ表しになっているが、実際には出来た当初からレンガの上に塗られていた漆喰を、改修時に剥がしている。元々、この建物は銀行が高級品だった繭を保管するための倉庫だった。繭の保管には湿度調整が必須で、そのために内部壁は漆喰で塗り固められていた。その後何度か持ち主が変わっても漆喰は残されたままだったが、今回の改修時に劣化の状況から削り取ることになった。内部壁は剥がれきらなかった漆喰の白がレンガに残り、独特の風合いに仕上がっている。また、この建物には特徴的な三層構造の窓が穿たれている。外壁側から鉄扉・スチールサッシ・両引きの網戸と板戸で構成されているものだが、スチールサッシの部分は元々鉄柵が入っていた。これは繭の倉庫だった頃に防犯性・防火性を持たせるためのもので、改修時には残っていなかったが復元することは避けられ、機能上スチールサッシが加えられた。


漆喰が剥がされた壁面と既存の開口部(写真:小川重雄)

 

建築史家の加藤耕一は、再開発と文化財の修復・保全を共に「竣工時至上主義」の20世紀的な手法だとした上で、既存建物に対するもう一つの態度として「再利用」建築のあり方を提起している*5。修復は「時間を巻き戻そうとする」態度であり、保存は「時間を止めようとする」態度であり、どちらも「竣工時」という建築が最も美しいとされる状態からの改変を許さないことが基本姿勢となっている。

《時間の倉庫》では、新たな構造体の挿入はもちろん、漆喰を剥がしたり鉄柵を復元せずスチールサッシを入れるなど、文化財的な建物を竣工時の状態で止めるでも巻き戻すでもなく、むしろ積極的に手が加えらえている。時代ごとにどの要素が加えられ、また取り除かれたか。その来歴が明確であれば、時間を止めることや戻ることから解き放たれ、これからも変化しながら生き続ける建築となれる。時間を戻ること、止めること、進めること、そのいずれも可能になり、時間の呪縛から解放されたことで「ありのまま」建つことができたのだ。

 

 

ここで行われた様々な手立てを振り返ると、《時間の倉庫》は「ありのまま」建つことの難しさを教えてくれる。新規構造との力の均衡関係による補強は、部分的なものよりも大掛かりになってくるが、既存建物に場当たり的な補強を加えて、延命措置を施すような扱い方でなく、生きた対象として「ありのまま」であることを可能にしている。それは既存建物が、本来こうありたかったと願う状態に導いたと言えると同時に、リノベーションであれ新築であれ、素材と素材の力の均衡関係に目を向けることの重要性を示唆している。

外観(写真:小川重雄)
*1 早稲田大学による調査の結果、既存の煉瓦造は構造材として機能しているが、短辺方向の耐力不足があることが分かり今回補強が行われた。設計者テキスト参照。http://ftarchitects.jp/時間の倉庫/
*2 福島加津也+冨永祥子建築設計事務所HP http://ftarchitects.jp/works/
*3 『メイキング 人類学・考古学・芸術・建築』(ティム・インゴルド著, 左右社, 2017)p,161
*4 同p,62
*5『時がつくる建築-リノベーションの西洋建築史』(加藤耕一著, 東京大学出版会, 2017)
写真提供協力:福島加津也+冨永祥子建築設計事務所

 

【著者プロフィール】

藤田 雄介(ふじた・ゆうすけ)

1981年兵庫県生まれ。日本大学生産工学部建築工学科卒業、東京都市大学大学院工学研究科修了。手塚建築研究所勤務を経て、2010年よりCamp Design inc.代表。主な作品に「花畑団地27号棟プロジェクト」「芦花公園の住宅」など。建具専門ネットストア「戸戸(こと)」の運営も手掛ける。

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Edited by Shinichi KAWAKATSU